2016 · 03 · 09 (Wed) 12:48 ✎
●『愛の旋律』アガサ・クリスティー(ハヤカワクリスティー文庫)
ヴァーノン・デイアは、イギリスの田舎にある屋敷アボッツ・ピュイサンで幼い頃を過ごした。父と母は折り合いが悪く、過保護な母から逃れるように彼は自らの想像の世界を作り上げる。成長したヴァーノンは、音楽に目覚めるが、世間は第一次世界大戦勃発に揺れていた。("Giant's Bread" by Agatha Christie, 1930)
ヴァーノン・デイアは、イギリスの田舎にある屋敷アボッツ・ピュイサンで幼い頃を過ごした。父と母は折り合いが悪く、過保護な母から逃れるように彼は自らの想像の世界を作り上げる。成長したヴァーノンは、音楽に目覚めるが、世間は第一次世界大戦勃発に揺れていた。("Giant's Bread" by Agatha Christie, 1930)
アガサ・クリスティーがメアリ・ウェストマコット名義で出した「ロマンス小説」なのですが、今のロマンス小説とは違います。主人公の一代記という感じだね。かつて日本でも流行った、セレブ一家やゴージャスなヒロインの波乱に富んだ翻訳ものの人生物語系。
とはいえ、前半──ほぼ半分まで話が動かない。なかなか読み進められなくて、戸惑いました。訳文が少し古い雰囲気なのはいいとしても、キャラに感情移入できないな、と思って。だって、主人公のヴァーノン、こんなふうに言われるような男なんだよ。
「あなたは人生がお伽噺のように都合よく展開すると思っていらっしゃるようね」
自分にとって都合や気分の悪いことはとことん避ける男で、とにかく物事を直視しない。根拠のない自信にあふれた空気を読まない男です。とはいえ、親友のセバスチャンや歌手のジェーンは、彼の音楽の才能を認めている。実際、プロローグで彼の「天才」ぶりが描かれているので、こちらとしては「いつこいつが覚醒するのか?」という興味はある。
前半の三分の二はアボッツ・ピュイサンでの生活、三分の一は、彼の妻になるネルとのロマンスが中心です。このロマンスがまたつまらない(´ω`;)。ネルにヒロインとしての魅力がないから。ただ、人間的には非常によくわかる生々しい人として描かれています。美人で流されやすく、人にいい顔をしたい、貧乏嫌い、安楽な生活の方がいいに決まってる、けど自分の心に正直でもいたい──そういう感情に常に揺れている人。「天才」の反対である平凡な人として描かれているのか?
セバスチャンやヴァーノンの従妹ジョー、そしジェーン(この人、すごくいい!)など魅力的なキャラはいるのですが、彼らはあくまでも脇役。ダラダラとヴァーノンとネルの歯の浮くような甘い恋愛を読まされます。いいかげんうんざりして、
「この話の動きなさは何(゚д゚)!? しかも主人公のヴァーノンが全然主人公っぽくない」
と思ったとたん──なんとヴァーノン、いきなり戦死しちゃった! びっくりした。半分過ぎたあたりでガラリと変わった!
いや、もちろん死んではいないというのはすぐにわかるし、プロローグでも明らかなのですが、その唐突さがものすごいカンフル剤になって、ここから物語は猛烈な勢いで動き始めます。まさに怒涛の展開、ジェットコースター・ロマンスそのもの!
ごめんなさい、クリスティーを甘く見てました orz ほんとごめんなさい。後半と前半で、読むスピードが全然変わった。
ここからの超展開は読んでからのお楽しみということにしますけれども、よくわかるのは、あのタルい前半がなければ成り立たない展開であった、ということ。伏線というわけではないんですが、ヴァーノンがなぜあんなに物事を直視しなかったのか、その性格形成にこそ「天才」の萌芽があったのだと。
最初から「天才」の人もいるだろうけど、ヴァーノンの場合はすべてを失なった末にしか手に入らない「天才」であった、という物語なのです。これは、おそらくアガサ・クリスティーも天才だったからこそ書けたのだと思う。
原題の「巨人の糧」について、プロローグでこんなセリフがあります。
「天才とは、残忍きわまる巨人だよ。人間の血と肉を貪り食う怪物だ。(中略)彼は自分の中の巨人に自らの血や肉を、またおそらくは他人のそれをも提供したことだろう……すべてが、それこそ、骨まで噛み砕かれて巨人の糧となったのさ……」
幼い頃のヴァーノンはそれが怖くて、すべてを直視しない人生を選びたかったのですよね。最終的に彼はそれを手に入れたというより、捕まってしまったと言った方がいいかもしれない。どちらにしろ、それは彼への恩恵であり、同時にそれに付随した狂気だった、という物語です。
しかし、これはとてもハッピーエンドとは言えないわ……。本人はある意味ではそうだろうけど。あんなひどい扱いをされたジェーンだって、多分彼の「天才」が開花したことは喜んでいる。私はそんなふうに読みましたが。
一番の救いは、ラストでセバスチャンとジョーが幸せになった(らしい)ところ。セバスチャン、いい奴。一番報われてほしかった人だったよ(つД`)。
(★★★★)
とはいえ、前半──ほぼ半分まで話が動かない。なかなか読み進められなくて、戸惑いました。訳文が少し古い雰囲気なのはいいとしても、キャラに感情移入できないな、と思って。だって、主人公のヴァーノン、こんなふうに言われるような男なんだよ。
「あなたは人生がお伽噺のように都合よく展開すると思っていらっしゃるようね」
自分にとって都合や気分の悪いことはとことん避ける男で、とにかく物事を直視しない。根拠のない自信にあふれた空気を読まない男です。とはいえ、親友のセバスチャンや歌手のジェーンは、彼の音楽の才能を認めている。実際、プロローグで彼の「天才」ぶりが描かれているので、こちらとしては「いつこいつが覚醒するのか?」という興味はある。
前半の三分の二はアボッツ・ピュイサンでの生活、三分の一は、彼の妻になるネルとのロマンスが中心です。このロマンスがまたつまらない(´ω`;)。ネルにヒロインとしての魅力がないから。ただ、人間的には非常によくわかる生々しい人として描かれています。美人で流されやすく、人にいい顔をしたい、貧乏嫌い、安楽な生活の方がいいに決まってる、けど自分の心に正直でもいたい──そういう感情に常に揺れている人。「天才」の反対である平凡な人として描かれているのか?
セバスチャンやヴァーノンの従妹ジョー、そしジェーン(この人、すごくいい!)など魅力的なキャラはいるのですが、彼らはあくまでも脇役。ダラダラとヴァーノンとネルの歯の浮くような甘い恋愛を読まされます。いいかげんうんざりして、
「この話の動きなさは何(゚д゚)!? しかも主人公のヴァーノンが全然主人公っぽくない」
と思ったとたん──なんとヴァーノン、いきなり戦死しちゃった! びっくりした。半分過ぎたあたりでガラリと変わった!
いや、もちろん死んではいないというのはすぐにわかるし、プロローグでも明らかなのですが、その唐突さがものすごいカンフル剤になって、ここから物語は猛烈な勢いで動き始めます。まさに怒涛の展開、ジェットコースター・ロマンスそのもの!
ごめんなさい、クリスティーを甘く見てました orz ほんとごめんなさい。後半と前半で、読むスピードが全然変わった。
ここからの超展開は読んでからのお楽しみということにしますけれども、よくわかるのは、あのタルい前半がなければ成り立たない展開であった、ということ。伏線というわけではないんですが、ヴァーノンがなぜあんなに物事を直視しなかったのか、その性格形成にこそ「天才」の萌芽があったのだと。
最初から「天才」の人もいるだろうけど、ヴァーノンの場合はすべてを失なった末にしか手に入らない「天才」であった、という物語なのです。これは、おそらくアガサ・クリスティーも天才だったからこそ書けたのだと思う。
原題の「巨人の糧」について、プロローグでこんなセリフがあります。
「天才とは、残忍きわまる巨人だよ。人間の血と肉を貪り食う怪物だ。(中略)彼は自分の中の巨人に自らの血や肉を、またおそらくは他人のそれをも提供したことだろう……すべてが、それこそ、骨まで噛み砕かれて巨人の糧となったのさ……」
幼い頃のヴァーノンはそれが怖くて、すべてを直視しない人生を選びたかったのですよね。最終的に彼はそれを手に入れたというより、捕まってしまったと言った方がいいかもしれない。どちらにしろ、それは彼への恩恵であり、同時にそれに付随した狂気だった、という物語です。
しかし、これはとてもハッピーエンドとは言えないわ……。本人はある意味ではそうだろうけど。あんなひどい扱いをされたジェーンだって、多分彼の「天才」が開花したことは喜んでいる。私はそんなふうに読みましたが。
一番の救いは、ラストでセバスチャンとジョーが幸せになった(らしい)ところ。セバスチャン、いい奴。一番報われてほしかった人だったよ(つД`)。
(★★★★)
最終更新日 : 2016-03-09