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2016 · 09 · 08 (Thu) 13:48

●『傷だらけの逃亡者』モライア・デンスリー

●『傷だらけの逃亡者』モライア・デンスリー(マグノリアロマンス)
 子爵令嬢のソフィアは、父親の虐待から逃れて名前をロザリーと変え、デヴォン伯爵ウィルヘルムの屋敷でメイドとして働いていた。伯爵は変わり者として知られていたが、二人は少しずつ近づいていく。ソフィアが何かから身を隠していることに気づいたウィルヘルムは、彼女の庇護を申し出る。("Song For Sophia" by Moriah Densley, 2013)

 ヒロインのソフィアの父は極悪非道で、ずっと妻と娘に暴力を振るい、さらに借金で首が回らなくなると娘を利用してチャラにしようと目論む。それを察したソフィアは姿を消し、各地を転々としている。
 ヒーローのウィルヘルムは大変頭がいい人だけれど、現在で言うところのサヴァン症候群の人とのこと。戦争中はその驚異的な記憶力で密書を丸憶えし、スパイ兼暗殺者として活動していた。でも、その記憶ももちろん薄れないので、非常に精神的に不安定。ちなみに二人とも「傷だらけ」です。
 そんな二人が惹かれ合い、ソフィアの父から逃れるために便宜上の結婚をして──というお話です。ラストは当然、父親との対決。
 設定的には割と好みのものがそろっているのですが、結局読み終わるまで一ヶ月かかってしまいました。そりゃ仕事が忙しくて切羽詰まっていたというのもありますけど、わずかな時間を見つけてまで読みたい、と思うところも少なくてですね──半分以上は仕事終わってから読んだのです。
 前半──とにかく半分まで話が動かなくてねー(´・ω・`)。いや、「動かない」って言っても、この部分が何を描きたかったのかはわかっているつもりです。もちろん、ヒーローヒロインの交流です。次第に惹かれ合っていく二人、秘密を暴きたい彼と言えない彼女、彼に迷惑をかけたくないから関わりたくないと思いながらも気持ちは抑えられない──という静かな激情を積み重ねていくのがこの前半なんだと思う。
 とはいえ、私にはあまりそんな繊細な心情は感じ取れず。プロットどおりに進んでいるんだな、というのはよくわかった。でも、なんだか引き延ばしている感じがしたな……。二人の会話にほのめかしとか駆け引きが多くて、なんかはっきり話さないんだよね。はっきり話せない事情はもちろんわかりますよ。読者にわかってるからこそ、そういうのっていらないんじゃない(´ω`;)? とつい思ってしまうのですよ。本心を話せないのなら、その中でいかに本心を入れた会話を作れるか、ということですよ。なのにリアルな駆け引きとか戯れのシーンなんかを読まされると、「この会話は枚数稼ぎなの?」と思ってしまってね……。
 まあ、個人の感想です。私はこの作者の手法はあまりピンと来なかった。
 具体的に話が動きだしてからも、予想通りに進んでいって、意外性のないまま終わってしまった。後半になって増えたキャラってシリーズものの登場人物らしいんだけど、そういうのを見越して書いている感じも見え隠れしちゃってたなあ。
 それから、最近ヒストリカルでは「今だったらこう言われているはず」という病気や徴候のキャラクターが割と出てくるようになりましたけれど、そういうのって昔と今をつなぐ部分もないとつまらないと思うのですよね。キャラクターの特徴としてのサヴァン症候群というだけではなく、今現在のこういう人たちについても考えが及ぶみたいな。
 作者は新人さんで、これがデビュー作だったそうなのです。意欲的な作品だとは思うのですが、ちょっと空回りをしているところも否めず……。残念です。
(★★☆)

最終更新日 : 2016-09-08

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