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2016 · 09 · 21 (Wed) 15:40

◆『ハートブレイカー』シャーロット・ラム

◆『ハートブレイカー』シャーロット・ラム(ハーレクイン)
 ロンドンで娘と二人で暮らすカロラインは、ある日突然現れた夫のいとこニックの姿に怯える。カロラインは、アルコール依存症のため暴力をふるう夫ピーターから三年前に逃げだしたのだ。もう終わりだ、と絶望したカロラインだったが、ニックは「ピーターは死んだ」と告げる。義母が彼女に会いたがっているから、帰ってこいと言う。だが、ニック自身はピーターの「カロラインに捨てられた」という嘘の言い分を信じ切っているようだった。("Heartbreaker" by Charlotte Lamb, 1981)

 とても面白かったのですが、最後の最後で微妙な気分になる。
 そもそもヒーローのニックが、いとこでヒロイン夫のピーターがでっちあげた「カロラインはひどい女、みんなそれに気づいていない」というストーリーを信じ切っている、というところにモヤっていたのかもしれない。彼は結局、そんないとこの妻に懸想していることを後ろめたく思い、その罪悪感からピーターの言い分を全面的に信じ、彼女を影でネチネチ責め続ける、という過ちを犯すわけです。
 そうか、だから最後に「ずっとピーターにだまされていた」とわかっても、その点はショックは受けなかったんだな。こっちもだましていたようなものだから、って。
 でもじゃあ、そんなことをしている間にカロラインと娘は暴力を受けていたってことはどう受け入れているわけ? ピーターに対して頑なに持っていた罪悪感はそっちに向かないの?
 ──向かなかったのよね。

「ぼくだって地獄の苦しみを味わってきたんだ。わかってくれるだろう? きみを手に入れるためなら、真っ赤に燃えている石炭の上を歩いてもいいと思っているのに、心の底からきみを軽蔑しなければならなかったんだから」

 ていうのが、真相を知った時の彼の言い分。「ぼくだって」「わかってくれるだろう?」という言い回しは、典型的な責任転嫁のやり方。自分がもっと気が回る奴で、ピーターの嘘を見破れていれば、あるいは彼の言い分の裏を取ったりしていれば、カロラインと娘が苦しまなくてよかったのに、という自責の方へは行かない。このセリフで、彼はとてつもなくボンクラであり、そしていざとなると自分のことしか考えられない人間だということも露呈しています。そのガッカリ感(´・ω・`)。
 このニック、ピーター、そして義母の三人に、同じ匂いが感じられてそこがより微妙な気分を醸し出す。思い込みが強く、人の話を聞かず、おとなしい人には当たるか全部頼り切るかする。
 カロラインは、最悪な一族につかまってしまったという感じです。彼女がもっと強い人だったら、義母やピーターの担当医に真実を暴露しろ、と言えたはず。ニックに信じさせるのも彼らの努めとして、自分の重荷を分け与えてもよかったと思うよ。自分一人で我慢すれば、みたいな奴隷気質が昔の話っぽいよね。こういうのがかつてのロマンス小説における女性の美徳であり、耐える女性が好まれる傾向だったということなんだろう。
「ここまでされたら普通こいつに対して冷めるだろ」っていうのを超えるのがロマンスなのだが、最近ハーレではなかなかないなあ。自分の気持ちの方が変わっているからなのかもしれないけど。
 シャーロット・ラムのヒロインにしては弱い人だった。ボンクラなヒーローが今後彼女の言いなりになりそう、というのだけが希望だ(´ω`;)。
(★★★☆)

最終更新日 : 2016-09-21

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