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2017 · 10 · 10 (Tue) 13:02

△『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ

△『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ(ハヤカワepi文庫)
 私の名前はキャシー・H。優秀な介護人だ。もう十年以上勤めている。あちこちの施設を回り、介護すべき人たちに会う日々を送りながら、私は幼い頃から少女まで過ごしたヘールシャムでのことを思い出す。その中でも、特に親しかったルースとトミーの思い出を──。("Never Let Me Go" by Kazuo Ishiguro, 2005)

 ぶっちゃけノーベル文学賞獲ったから読みました(´・ω・`)。
 何を言っても後出しですけど、前から「読まなくちゃ」とは思っていたのですよっ。でも、読むきっかけがつかめなかった。今回、とりあえず『日の名残り』とこの作品をKindleで買い(紙の本は売り切れてたけど、電子書籍は売り切れなしでいいなヽ(゚∀゚)ノ)、ネタバレが激しいらしいこちらを先に読みました。
 SFなのね──とは前から知ってましたけど、非常に読みやすくとても面白かった。ノーベル賞関係なく、エンタメとしても優れています。難しいところはない。
 しかし、悲しい話だ……。
 SFなんですけど、近未来の話ではなく、1990年代後半のイギリスが舞台です。いうなれば、パラレルワールドのお話。臓器提供のためのクローン人間がいる、という世界。主人公キャシーもその一人で、そういう人たちが子供時代を過ごすための施設がヘールシャム。彼女の思い出はその施設と、親友であるルース、そしてルースの恋人トミーが中心になっている。
 キャシーたちが普通の人間とは違う、とか、施設が特殊なところである、というのは読み始めてすぐにわかるし、おそらく臓器提供のための人間なんだな、というのもすぐに察せられるのですが、彼女たちが過ごす日々は非常に平穏で、「親がいない」ということ以外、寄宿舎で暮らす子供たちの生活を淡々と描いているにすぎない──ように見える。
 しかし、後半になって「ヘールシャム」の実体がわかってくると、大人というか、そういうことを許容する残酷な社会が見えてくる。ある種の実験だったんだよね、ヘールシャムは。他の施設よりも人道的ではあったかもしれない。だから「特別」と言われてはいたけれど、実際は一つも根本的な解決にはならなかった。
 それにキャシーたちが「翻弄されて」と書くのは簡単だけど、当人たちは自分たちの運命を受け入れている。「そういうもんだ」と。最初から最後まで、どう生きるかを決められた人生を送るしかない。最初から与えられたものがそんなになければ、失うことを嘆くこともない。
 一人称の小説は、キャラが気に入らなければ読むのが苦痛だと思っていたんだけど、これは気に入ったわけじゃないのに全然平気だった。ブレがないからだと思う。「普通の人間」ではない主人公なのに、そこに描かれた感情は、与えられたものが少ないだけの普通の人間のものである──という違和感は常にある。そして、「それは何?」と思いながら読み進めずにはいられない。
 読者にとっては悲しい話なのに、キャシーは「自分は幸運だった」と思っている。ラストを読み終えたあと、冒頭を読み返すと、もっと悲しくなる。確かに幸運だったけれども、それは「普通の幸せ」を知らないからだと思い知るからです。
 こう言っては乱暴かもしれないけれど、動物実験される動物は、動物だから物を言わない。だからこそ利用されるけれど、物を言えてもこんなふうに育てられたら、疑問を持つこともないんだろうか、と。でもおそらく、利用される側がどう思うかは関係ないんだよね。利用できる環境があれば、相手がどんな存在であろうと、こんな世界にもなる。
 将来は、自分の細胞から臓器も作れるかもしれないし、人工の臓器で医療の実験がまかなえて、他の生命を犠牲にすることもなくなるかもしれない。でもこの作品が言いたいのは多分、そういう他の生命を虐げることは人間が何度もくり返してきたことで、そしてこれからも起こらない保証はないということだ。どういう形でそれが現れるかもわからない。
 虐げられる側になる可能性は誰にでもあるけれど、それはそうなってみないとたいていの人は気づかない。虐げられていてもわからないかもしれない。それはとても怖いことだと私は思う。
 この作品でノーベル賞を獲ったわけじゃないけど、こういう作品を書く人が選ばれたのにはやはり時代として意味があるんだろうな、と感じました。
(★★★★☆)

最終更新日 : 2017-10-31

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