2018 · 06 · 12 (Tue) 15:43 ✎
□『スリー・ビルボード』"Three Billboards Outside Ebbing, Missouri" 2017(Blu-ray)
ミズリー州の田舎町エビング。そこに住むミルドレットは、町はずれにあるボロボロの看板の前を通りかかる。彼女はその三枚の看板に広告を出す。「娘を殺した犯人が、なぜまだつかまらないのか」という警察署長ウィロビーに対する抗議の看板を──。(監督:マーティン・マクドナー 出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、他)
ミズリー州の田舎町エビング。そこに住むミルドレットは、町はずれにあるボロボロの看板の前を通りかかる。彼女はその三枚の看板に広告を出す。「娘を殺した犯人が、なぜまだつかまらないのか」という警察署長ウィロビーに対する抗議の看板を──。(監督:マーティン・マクドナー 出演:フランシス・マクドーマンド、ウディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、他)
公開時に見に行きたかったけど、タイミング悪くて行けなかったのでした。
いつも映画を見たあとは、あまりネットの感想とか見ずにこのブログの記事を書くのですけれど、今回は珍しくいろいろ読んでしまった。
この作品は、看板を立てたミルドレットが主人公なんですけれども、物語が進んでいくと、次第に他にも主人公がいる、ということがわかってくる。三枚の看板の言葉は、それぞれの主人公を表しているらしいです。
「RAPED WHILE DYING(レイプされて殺された)」←ミルドレット
「AND STILL NO ARRESTS?(まだ逮捕できないの?)」←ディクソン
「HOW COME.. CHIEF WILLOUGHBY?(どうして? ウィロビー署長)」←ウィロビー
言っておきますが、この作品はミステリーじゃないのです。実はこれが一番のネタバレかもしれない(´ω`;)。ミルドレットの娘アンジェラを殺したレイプ犯は、つかまりません。そういう爽快感はないですし、終わり方も──なんだろう、ふんわりしている、というか。リドルストーリーとまで行かないにしても、とにかくミステリー的な展開や解決を予想していると裏切られる。
ただそういうのとは違う謎──というか、それぞれの「秘密」が満載で、それが次第に明らかになっていく。展開が二転三転して、どこへ向かっていくかわからない。これはこの映画のレビューではどこでも言われていることですが、まったくそのとおりで、ぼんやり見ていられない。
第一の主人公であるミルドレットは、看板を立てたことで町民から非難される。なぜかというと、署長のウィロビーは人徳者で、しかも膵臓がんの末期であると町民みんなが知っているからです。でも本人は誰にも知られていないと思ってたらしい。その証拠に、
「俺、がんの末期なんだ。だからさあ──」
という「忖度してよ」的なことをミルドレットに言うわけです。それに対しての彼女の答えは、当然、
「知ってた」
しかない。
この第二の主人公であるウィロビーという人は、町民から慕われているのは確かなんだけれど、レイシストで暴力的な警官であるディクソンを咎めもせずに雇っている人でもある。そして、いよいよ身体がもたないという段階になってきたら、あっさり自殺してしまうのです。工エエェェ(´д`)ェェエエ工工
そりゃ本人もいろいろ考えてのことであったんだろうけど、残された家族はどうなの、と──最後まで看病して少しでも長く一緒にいたかった、と思ったんじゃないの、とか、たとえ遺書でフォローしたとしても奥さんは後悔しちゃうんじゃないか、とか──という複雑な「秘密」の持ち主なんですよね。
そして、第三の主人公が、暴力警官のディクソンです。この人の「秘密」がちょっとはっきりとわからなかったというか、自分の見立てが当たっているのか知りたくて、ネットの感想をググってしまったのでした。結論から言うと当たってました。匂わせる程度なんだけど、おそらく彼はゲイなのではないか、という──。私は、彼の泣き方を見て「あれ?」と思った。考え過ぎだろうけど、『アメリカン・ビューティー』のある登場人物の泣き方を思い出したのですよね。
あの母親に育てられてゲイというのは、なかなかの地獄(´・ω・`)。秘密を隠すため虚勢を常に張っているという状況だったのでしょう。だからといってそのはけ口にされてはたまったものじゃない。でも、彼はそのために報いを受け、同時に大切なものを救い出したことから、意識が変わっていく。
彼がやけどで担ぎ込まれた病院のシーンとか、すごくいい。オレンジジュースの子、ほんと優しい……。『ゲット・アウト』での役と真逆だわ(´ω`;)。
ディクソンは本当の意味でバカなのですよね。無知なのですよ。自分を守ることしか考えないで生きてきて、世界がすごく狭い。でもそれまであんなに暴力的で偏執的だったのに、三枚の看板と署長の遺書をきっかけにして覚醒するのです。止まっていた脳みそが動き出す。突然頭がよくなるわけじゃないけど、自分のできることをやろうと思い始める。
けど、一番痛い「秘密」はやはりミルドレットで──普通ならこれをラストに持ってくるんじゃないかな。犯人が見つかる、というフーダニットではなく、彼女と娘の最後の会話をホワイダニットにする方が、わかりやすいプロットだと思う。ただ、とても悲しく痛ましく、取り返しのつかないことではあるんだけれど、日常の中でぽろりとこぼれてしまった言葉をそこまで引っ張るのは、あざとくもあり、はっきり言って平凡。だから、そうしなくて正解だったんだろうな、と思います。
ミルドレットが看板を掲げたのは、「自分のため」でもある。「娘を失って悲しんでいる母親」も真実だけれど、その裏にある自分の後悔を忘れないためなんだろう。
だけど多分、娘にあんなことを言わない誰もが認めるいい母親だったとしても、あるいはあんなひどい死に方をしなかったとしても、生きている人は後悔をするのだと思う。相手を愛していれば愛しているほど。
人間のいい面と悪い面を、こっちから見ればいい面も悪い面になり、あっちからすれば悪い面がいい面にもなる、という多角的な描き方をしていて素晴らしいです。こういうのはまずは描くのが難しいというのはもちろん、誤解されやすいというか、わかりにくいから敬遠されやすいという難点がある。そこを俳優のいい演技でさらに補い、果敢に挑んで成功している。アカデミー賞の脚本賞は『ゲット・アウト』に獲られたけど、あっちもそうなんだよね。微妙で繊細なセリフの積み重ねでドラマを紡ぐことが評価されるのは、物語中毒者としてうれしい限りです。
(★★★★)
いつも映画を見たあとは、あまりネットの感想とか見ずにこのブログの記事を書くのですけれど、今回は珍しくいろいろ読んでしまった。
この作品は、看板を立てたミルドレットが主人公なんですけれども、物語が進んでいくと、次第に他にも主人公がいる、ということがわかってくる。三枚の看板の言葉は、それぞれの主人公を表しているらしいです。
「RAPED WHILE DYING(レイプされて殺された)」←ミルドレット
「AND STILL NO ARRESTS?(まだ逮捕できないの?)」←ディクソン
「HOW COME.. CHIEF WILLOUGHBY?(どうして? ウィロビー署長)」←ウィロビー
言っておきますが、この作品はミステリーじゃないのです。実はこれが一番のネタバレかもしれない(´ω`;)。ミルドレットの娘アンジェラを殺したレイプ犯は、つかまりません。そういう爽快感はないですし、終わり方も──なんだろう、ふんわりしている、というか。リドルストーリーとまで行かないにしても、とにかくミステリー的な展開や解決を予想していると裏切られる。
ただそういうのとは違う謎──というか、それぞれの「秘密」が満載で、それが次第に明らかになっていく。展開が二転三転して、どこへ向かっていくかわからない。これはこの映画のレビューではどこでも言われていることですが、まったくそのとおりで、ぼんやり見ていられない。
第一の主人公であるミルドレットは、看板を立てたことで町民から非難される。なぜかというと、署長のウィロビーは人徳者で、しかも膵臓がんの末期であると町民みんなが知っているからです。でも本人は誰にも知られていないと思ってたらしい。その証拠に、
「俺、がんの末期なんだ。だからさあ──」
という「忖度してよ」的なことをミルドレットに言うわけです。それに対しての彼女の答えは、当然、
「知ってた」
しかない。
この第二の主人公であるウィロビーという人は、町民から慕われているのは確かなんだけれど、レイシストで暴力的な警官であるディクソンを咎めもせずに雇っている人でもある。そして、いよいよ身体がもたないという段階になってきたら、あっさり自殺してしまうのです。工エエェェ(´д`)ェェエエ工工
そりゃ本人もいろいろ考えてのことであったんだろうけど、残された家族はどうなの、と──最後まで看病して少しでも長く一緒にいたかった、と思ったんじゃないの、とか、たとえ遺書でフォローしたとしても奥さんは後悔しちゃうんじゃないか、とか──という複雑な「秘密」の持ち主なんですよね。
そして、第三の主人公が、暴力警官のディクソンです。この人の「秘密」がちょっとはっきりとわからなかったというか、自分の見立てが当たっているのか知りたくて、ネットの感想をググってしまったのでした。結論から言うと当たってました。匂わせる程度なんだけど、おそらく彼はゲイなのではないか、という──。私は、彼の泣き方を見て「あれ?」と思った。考え過ぎだろうけど、『アメリカン・ビューティー』のある登場人物の泣き方を思い出したのですよね。
あの母親に育てられてゲイというのは、なかなかの地獄(´・ω・`)。秘密を隠すため虚勢を常に張っているという状況だったのでしょう。だからといってそのはけ口にされてはたまったものじゃない。でも、彼はそのために報いを受け、同時に大切なものを救い出したことから、意識が変わっていく。
彼がやけどで担ぎ込まれた病院のシーンとか、すごくいい。オレンジジュースの子、ほんと優しい……。『ゲット・アウト』での役と真逆だわ(´ω`;)。
ディクソンは本当の意味でバカなのですよね。無知なのですよ。自分を守ることしか考えないで生きてきて、世界がすごく狭い。でもそれまであんなに暴力的で偏執的だったのに、三枚の看板と署長の遺書をきっかけにして覚醒するのです。止まっていた脳みそが動き出す。突然頭がよくなるわけじゃないけど、自分のできることをやろうと思い始める。
けど、一番痛い「秘密」はやはりミルドレットで──普通ならこれをラストに持ってくるんじゃないかな。犯人が見つかる、というフーダニットではなく、彼女と娘の最後の会話をホワイダニットにする方が、わかりやすいプロットだと思う。ただ、とても悲しく痛ましく、取り返しのつかないことではあるんだけれど、日常の中でぽろりとこぼれてしまった言葉をそこまで引っ張るのは、あざとくもあり、はっきり言って平凡。だから、そうしなくて正解だったんだろうな、と思います。
ミルドレットが看板を掲げたのは、「自分のため」でもある。「娘を失って悲しんでいる母親」も真実だけれど、その裏にある自分の後悔を忘れないためなんだろう。
だけど多分、娘にあんなことを言わない誰もが認めるいい母親だったとしても、あるいはあんなひどい死に方をしなかったとしても、生きている人は後悔をするのだと思う。相手を愛していれば愛しているほど。
人間のいい面と悪い面を、こっちから見ればいい面も悪い面になり、あっちからすれば悪い面がいい面にもなる、という多角的な描き方をしていて素晴らしいです。こういうのはまずは描くのが難しいというのはもちろん、誤解されやすいというか、わかりにくいから敬遠されやすいという難点がある。そこを俳優のいい演技でさらに補い、果敢に挑んで成功している。アカデミー賞の脚本賞は『ゲット・アウト』に獲られたけど、あっちもそうなんだよね。微妙で繊細なセリフの積み重ねでドラマを紡ぐことが評価されるのは、物語中毒者としてうれしい限りです。
(★★★★)
[Tag] * ★★★★
最終更新日 : 2018-06-12