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2019 · 02 · 21 (Thu) 14:36

▽『悪魔の手毬唄』横溝正史

▽『悪魔の手毬唄』横溝正史(角川e文庫)
 昭和30年、夏。兵庫との県境にある岡山県鬼首(おにこべ)村へ静養に訪れた金田一耕助は、県警の磯川警部から23年前に村で起こったある殺人事件のことを聞かされていた。宿泊している亀の湯で、金田一は世捨て人のような生活をしている庄屋の多々羅放庵と出会う。彼の別れた妻おりんへの手紙を代筆して数日後、金田一は仙人峠で老婆とすれ違う。「おりんでござりやす。お庄屋さんのところへもどってまいりました──」
・〈金田一耕助〉シリーズ(金田一耕助ファイル12)

 30数年経ての再読です。
 横溝正史といえばこれと『獄門島』『八つ墓村』が岡山を舞台にしていて、かつとても人気のある作品ですよね。『犬神家の一族』も人気だけど、これは長野が舞台。『本陣殺人事件』も岡山だけど、人気の点ではちょっと控えめ。
 とりあえず、大人気作は全部再読したな……。順番どおりに読み直そうとしていたんだけど、少し事情があって先に読みました。読んでて思い出したけど、これの映画化の時、ものすごいネタバレがあったんだよね。

「○○(俳優さんの名前)、犯人役を熱演!」

 って新聞記事が出たとのこと(´Д`;)。
 いや、私は実際に目にしていない(目にしててももう既読だったからいいんですけど)ので、本当のことかはわからないんですけど、あの時代ならありえるな、とも思いました。

 それはさておき、ちょっとモヤモヤは残りましたが、とても面白かったです。
 モヤモヤする理由はわかっている。犯人が死んでしまっているからです。犯人の口から真相が語られない。ラスト、関係者を集めて金田一耕助が事件の種明かしというか、経過を語るシーンがもちろんあるのですが、それのほとんどは金田一の憶測です。それと関係者たちの記憶などを織り交ぜての「真相」ということになる。なので、いわゆる「清涼感」はなし。犯人の残された家族の嘆きようなどもあり、かなり後味の悪い結末です。
 とはいえ、映画でも非常に印象的だったエピローグの金田一と磯川警部のやりとりは、とても切ない余韻を生む。演出的には映画の方がいいな。若山富三郎の磯川警部、よかったよねえ。
 しかし内容のドロドロさ加減は横溝作品の中でもトップクラスではないのか。発端の23年前の事件とは、亀の湯の現在の女主人・リカの夫が、村に副業を持ちかけた詐欺師、恩田幾三に殺されたことなのですが、恩田は今現在もつかまっていない。で、この恩田が村のあちこちで奥さんとか娘さんと関係を持ち、子を孕ませていた、というのがのちにわかってくるわけです。
 で、その中の一人、春江が生んだ娘・千恵子が東京でスター(芸名・大空ゆかり)になって帰ってくるところから事件が始まります。
 そして、この地方に昔から伝わる手毬唄に見立てた連続殺人が起こる。歌詞のとおりに若い娘たちが犠牲になる。この手毬唄は冒頭に作者の手によって読者には提示されているんだけど、金田一たちはなかなかそれを知ることができなくて、止めることができない。千恵子とほぼ同時に帰ってきたおりんさんらしき老婆が殺人に関わっているらしいのだけれど、実はおりんさんはもう亡くなっているのですよね。
 実は私、犯人が誰かは憶えていたんですが、23年前の事件のトリックというか真相のことをすっかり忘れていたので、けっこうびっくりしました。最後の最後までだまされていた(いつもだまされますけど(´ω`;))。狭い村の中でそんなことできるんかよ、と思ったが、今みたいな気軽に記録が取れない昭和初期のことだし、狭いと言っても村内の地区と地区の間が徒歩で一時間くらいは離れているということだし、できないことではない。
 その真相に気づいた犯人(23年前も同じ)の落胆はいかばかりのことか。
 しかし、殺された恩田幾三がなぜそんなことをしたか、という動機は、今だからこそわかる気がする。男女間の単なる浮気とか、乱れた倫理観とかそういうことだけではなく、支配欲が根底にあるんだな、と。村内の古いヒエラルキーというものが彼に染みついていなければ、ここまで暴走しなかったのではないか。マウンティングもやはり、中毒性があるらしいからね。
 そして23年後、今度はまた別のヒエラルキーに犯人が相対して、恨み、嫉み、みじめさや悲しみなどが爆発してしまう。人を殺したことはどうやってもいけないことだが、23年前から気持ちを溜め込むしかできなかった犯人の苦しみがとてもなく深かった、というのは理解できる。この人が不幸とまでは言わないけれど、「報われない」とか「どうして自分ばかり」という思いはいつもあったのだろう。そう思う人というか、この犯人と同じくらい苦しんでいる人なんて、世の中にごまんといる。ある時、ころりとあっち側へ行ってしまうと、もう帰ってこられないんだろうな……。
 ちょっと前に「”殺人犯”を見たくて裁判に行ったら、びっくりするくらい”普通のおじさん”で殺人者に対する考えが変わった話」というまとめを目にしていたんだけど、この本を読み終わった時に得心がいきました。まあ、「普通の人」は誰かに罪をなすりつけようとか、見立て殺人をしようとか、変装をしようとか、そんな計画まで考えは及ばないかもしれないけど、それはフィクションですからね。
 映画も見直したくなりました。もちろん市川崑監督版を、ですよ。
(★★★★)

最終更新日 : 2019-04-13

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