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2022 · 06 · 03 (Fri) 13:38

▽『死神の矢』横溝正史

▽『死神の矢』横溝正史(角川e文庫)
 金田一耕助が懇意にしている考古学者・古館博士の一人娘・早苗には求婚者が3人いる。博士は彼らに、海上に置かれた的を矢で見事に貫いた者を早苗の婿にすると言う。博士の真意を理解しかねた金田一だったが、決行の日はやってくる。その日、一人の矢は的を射抜き、一人は矢で刺されて殺されてしまう。
・〈金田一耕助〉シリーズ

 この前に読んだ『毒の矢』と間違えやすいタイトルですけれども、内容は全然違います(タイトルに関しては、まあどっちでもかまわないものではありました(´ω`;))。もう一編、短編の「蝙蝠と蛞蝓」も収録されていますが、これは『人面瘡』で感想書いてます。
 あらすじどおり、愛娘の結婚に関するお話なのですけれど、早苗は3人のことをなんとも思っていないというか、むしろ関わりを避けたいとすら思っている。実は(というかバレバレ)想い人がいるし、3人とも非常に評判が悪い連中だから。皆お金持ちのボンボンだけれど、それゆえ甘やかされてうぬぼれが強く傲慢、思いやりもない。そして評判自体は嘘ではなく、むしろ人間のクズなんですね、彼らは。
 とはいえ、博士もそんな感じの描かれ方をしているのです。悪ぶっているというか、露悪的というか。ただ本当はそんな人ではない、と描写もされている。身内には優しいらしい。特に女性を大切にしているようです。でも、言葉はきついんだよね。博士は早苗が幼い頃に妻を亡くして、その後家庭教師として雇い入れた達子さんに早苗の面倒を見てもらっているんだけど、その人のこと「ババア」とか人前に言うんですよ(´・ω・`)。早苗のこともけなしたりするし……。
 しかし、「悪い人じゃない」のです。こういう人は今も昔もいますけれども、今こういう人って……まあ、身内には許されるとは思いますし、博士の場合は意図的に語気を使い分けてる感じはある。多分、本当の失言はしないタイプだと思う。甘えていい、許してもらえる人の前だけこういう態度を取る。やりすぎもせず、引き際もわきまえている。つまり、計算して自分のキャラを作っている人なのです。
 そんな人が、なぜ殺人計画を立てたのか──実はクズい三人はすべて殺されてしまうのですが、その計画がすごくめんどくさいのです。博士の性格のめんどくささが集約されている(´ω`;)。
 まあ、そのめんどくささは別にいい。彼らを殺す理由はちゃんとあるし。ただ、その計画って愛娘であるはずの早苗を悲しませたり傷つけたりするんですよね。どうしてそこまで? と思ってしまった。これではまるで、彼のことを許してくれたり、心配してくれる人たちを利用しているようなものでは?
 あとで謝ってましたから、自分のやっていることもちゃんと自覚しているんですよね。なんだかめちゃくちゃな人です。なんだろうな……結局、自分のせいと思っていたところもあるんだろうか。結果的に自分のこの態度が発端になっている、とでも思ったのかな。ヤンチャじゃないのにヤンチャなふりしていたら周りにほんとのヤンチャが集まりだして、自分のキャラとしてそいつらを遠ざけるタイプではないとナアナアにしていたら、そいつらがほんとの悪事を身近な人間に仕掛けてしまって……。
「若い男はそれくらいやるのが普通」「結婚すれば落ち着くから」みたいな言い分は今では説得力ないですけど、この当時はまかり通っていたわけです。女性たちだって強い人から言われれば感化されてしまう。遠ざかりたくても「平気だよ」と言われたら「そうなのかな」と思ってしまう。
 彼女たちの言い分をちゃんと聞かなかった自分に対する自責感が、博士にはあるのかな?
 ──などとつらつら考えましたが、結論は出ず。だってそれならなおさら早苗を悲しませるのは変だし(´・ω・`)……。
 こういう人ではさぞかし腹も立ったろう、と思われそうですが、意外にもそういう感じじゃないんだよね。「悪い人じゃない」というのはよくわかった。周りの人のことを思って行動しても、結局人の話を聞いておらず暴走する、というのも。ただただめんどくさい人……。
 本当の犯人、とてもかわいそうで味わい深いが、「言い出したらきかないから……」というため息も聞こえてくるようです。

[9/26追記]
 先日ちょっと思い出してつらつら考えていたら、「あ、これっていわゆる『有害な男らしさ』のことなのかも」と思えてきた。
 古舘博士は本来は優しい性格の人だけど、優しさと当時の世間一般の「男らしさ」とのギャップにコンプレックスを抱き、乱暴なふるまいを(表向き)するようになった、と解釈すれば、「ババア」とか言ったりするのは理解できる。そして、感想にも書いたけど、そういう行動が本当に有害な人を呼び寄せてしまった、ということに自分でも気づいたと思われる。
 それでもそのあとの行動はやっぱりわからないけど(´ω`;)、ずっと自分を偽っていたせいで、どうしたらいいのかわからなくなった、とは感じられるな。このあと、古舘博士がどう生きていくのか、と想像するとかなりつらい……。(長生きできそうにないけれど)
 横溝正史って、今現在では問題であるということでちゃんと名前がつけられた事例等をテーマにして書いているのが多い気がします。それを表す言葉がなくて漠然としていたり、問題ではないとみなされていても、しっかりすくい取ってちゃんと書いている。そこがまた今でも読まれている大きな理由だと思う。面白いのはもちろんだけど、とにかくテーマに古さがないんだよねえ。
(★★★☆)

最終更新日 : 2022-09-26

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