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2010 · 12 · 19 (Sun) 14:55

□『キック・アス』

『キック・アス』“Kick-Ass”2010(12/18公開)
 デイヴはニューヨークに住むごく普通の高校生。コミックのスーパーヒーローに憧れている彼は、ネット通販で買った緑と黄色のスーツを着て、“キック・アス”と名乗り、街をパトロールし始める。でもとても弱いので、暴漢たちにボコボコにされたりするのだが、その映像がYouTubeに投稿され、一躍キック・アスは人気者になる。(監督:マシュー・ヴォーン 出演:アーロン・ジョンソン、クロエ・グレース・モレッツ、クリストファー・ミンツ=ブラッセ、マーク・ストロング、ニコラス・ケイジ他)

 公開日に見に行きました。
 オタクの高校生が、ヒーロー気取りで自警団していたら、何だか大ごとに巻き込まれてめちゃくちゃなことに──というお気楽おバカな物語だと思っていたら、初出動でいきなり腹を刺されてひき逃げにあっちゃって、という展開だったので、けっこうびっくりしました(´ω`;)。
 けど、全身に金属板入れられたレントゲン写真見たデイヴが、

「すっげー、ウルヴァリンみてー!(´д`*)」


 と喜んでたので、つい「何て前向きなんだ!」と思ってしまったという(´∀`;)……。
 金属板と神経の微マヒのおかげで、痛覚を感じにくくなった彼は、懲りずにパトロールというか、MySpaceを通じての依頼をこなしていくのですが、麻薬売人の家で“ビッグ・ダディ”と“ヒット・ガール”というバットマンとロビンみたいな父娘に出くわす。
 彼らの復讐計画に、デイヴは巻き込まれるんだけど、ちっともお気楽じゃなかった。とにかく、人が大量に殺されるのです。しかも、ほとんどはヒット・ガール──11歳の少女の手によって。
 彼女は父の復讐の手先になっているわけです。そのためのトレーニングもかなり過激で、彼女の子供時代は蹂躙されているとも言えるんだけど、ニコラス・ケイジ扮する父親が憎めない奴でねえ(´ω`;)。ネットを見ていた娘に、

「パパ、素敵な銃を見つけた! でも30万ドルするの!」

 と言われて、

「何言ってるんだ、無駄遣いしちゃ──ぅおおお~、素晴らしい~(´Д`*)……カートに入れなさい」

 この時の顔と声には紛れもない既視感があったりするんだよねえ(´-ω-`)。
 それを言うなら、普通過ぎる自分と折り合いをつけるためにコミックにはまり、ついにはそれを現実にしようとする主人公にもある。私と彼の違いは、それをやるかやらないかだけだ。やらない代わりに、ヒット・ガールが悪い奴らをなぎ倒すのを見て満足するのです。
 こんな高校生も、こんな父娘も空想の産物であり、描かれる世界はファンタジー。血生臭い殺人や悪意ある企みも物語だから終わりがある。そのエンドマークとともに、鬱屈して下降した自分の気持ちがわずかばかり浮上することも少なくない。いやむしろ、飛び上がらんばかりに浄化されることだって、珍しくない。

 この映画を見て、「物語の力」というのを考えるのは、タイミングのせいだと思う。事実上の検閲を許した都の青少年条例のニュースを読んだり見たりして、鬱々としていたからですよ。この映画には原作コミックがあるわけですが、ヒット・ガールは親の言いなりになって「殺人」(しかも生々しく残酷に)を犯すので規制の対象にはならない。でも、親の言いなりになって「売春」を生々しく残酷にしていたら、規制の対象になりうるわけでしょ?
 規制しろって言ってるんじゃないですよ。コミック等と実写や小説の区別も含めて「これがよくて、これがダメ」という感覚がそもそもおかしいということです。フィクション作品に対して「これがよくて、これがダメ」とすべて決めることは不可能ではないか、ということなのです。なおかつそこには、性と暴力という欲望のはけ口としては双子のような衝動を上から目線で仕分けようという傲慢さと、欲望の化け物である「金」と「権力」(こいつらも双子だよな。(´ω`;))の臭いがする。それがたまらなくイヤなんだよ。
 どんなにエロくてグロい作品にも、あるいはくだらない作品にも、人間の中にある醜い欲望を外に出さないまま浄化できるものを持っているのです。つまり、歪んだ精神を健全にすることができる。物語というものに縁のない人からすればまったく理解できないことだと思うけど、そういう「物語の力」は長い歴史の中で充分に証明されているのです。強くてきれいな力だけど、作品、そして受け取る個人によって違う。この人にとっては手放せない作品だけど、あの人にとってはゴミ同然、となったって当然なのです。
 だから、それを自分で選びたいと思っているだけ。誰かに選んでもらうのはイヤだし、人間にはそれをちゃんと選べる力もあるし、選べるようにならないと生きるのつらいよ! 子供でも、親や身近な大人が手助けしてやればいいだけです。むしろ、そうしないとダメだろ。それをどうするかの方が、よっぽど大切だと思うけどね。
『キック・アス』も、大手スタジオからお金を出してもらえなかった、とパンフレットに書いてあった。ヒット・ガールの“活躍”がネックになって。
 彼女の存在は非常に象徴的。故に、この映画にもちゃんと「物語の力」がある。彼女を守った監督と原作者は偉い。でも、我が子も同然なんだから、守るのは当たり前か。

[12/23追記]
 原作コミックを読みました。
 映画は、原作のいいところをとてもうまくすくいあげていると思いました。
 こういう全体的に暗く救いの薄い物語は、確かに10代20代の若い世代向き。鬱な物語から来るダメージを受けても平気だし、自分の生活の方がまだマシって思いたい時期なんだよね。私の若い頃もそうでした(´д`)……。
 でも、映画はいろいろな年代が見るから。年代が上がると鬱な話はシャレにならないので、適度にバランスを取り、殺人シーンへもカタルシスを入れて──と、原作のテイストやストーリーラインも残しつつ、万人が見て楽しめる作品に仕立てている。
 原作者のマーク・ミラーがコミックにこめたものが、ちゃんと実写になっている、と感じました。でもまあ──ぶっちゃけ映画の方がずっと面白いんですけど(´ω`;)。
(★★★★)
[Tag] * ★★★★

最終更新日 : -0001-11-30

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